河地修ホームページ Kawaji Osamu
http://www.o-kawaji.info/

王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-源氏物語講話-

第4回
「巻名」を考える(一)


巻名の持つイメージと予告性

『源氏物語』は、本来中宮彰子に献上されたものであるということは動かない。献上品であるから、おそらくは豪華な“巻物仕立て”であって、その装丁と意匠には相当に凝ったものと思われる。表には、今日言うところの、中の料紙を保護するためのハードカバーが付いていた。それには、同時に、巻物の内容についての「名称」も記されなければならなかったであろう。

これが、いわゆる「巻名」である。美麗な表紙を飾るものでもあったから、それなりに考え尽くされた“美称”とも言うべき「名称」が用いられたはずである。さらに言えば、読者が、何よりも、最初に“読む”(目にする)言葉であったから、作者は相当に“意”を用いたはずであった(今日の映画や小説のタイトルも同様であろう)。

従って、『源氏物語』の巻名に関して、それが後世の読者によって付されたもの、というような考え方は合理的ではない。


その「巻」の名称について、考えてみたい。

たとえば、紫式部が最初に制作したと推測されている「若紫」巻については、すでに考察したように、彼女は、「若紫」という言葉から、『伊勢物語』「初段」を想起することを読者に求めた。

この場合の“読者”とは、彰子とその近辺に仕える女房たちであったから、当然ながら、その“レベル”は高かった。『古今集』や『伊勢物語』などは、“必須の古典”というより、“常識的な教養”であり、「わかむらさき」という言葉から、『伊勢物語』の「初段」を想起することは、容易だったに違いない。そして、その言葉の持つイメージやその象徴性を読者に惹起させることで、その巻で語られる物語世界の内容を予告したとも言えるのである。

しかしながら、具体的に、どのあたりまでのことを想定していたのかがわかりにくい。漠然と“伊勢の初段”ということだったのか、それとも、「春日野の若紫の摺り衣しのぶの乱れ限り知られず」の和歌の内容も含む、「初段」の物語世界の細部までを意識しての前提なのか、あるいは、さらに、『伊勢物語』全般のテーマにまで及ぶものであるのか。これらのことを明確に明らかにすることは難しいが、事実として「若紫」巻は、「初段」の物語世界が表現する深い部分にまで関わっていることは確実なので、その両者の関係は、強固な共鳴関係にあると言うことができる。

そういう意味では、最初、漠然と『伊勢物語』の「初段」を想起させておいて、その後、読者が「若紫」を読み進めていく過程で、その核心部分との重層的な関係と展開とを確認させていく、というようなことだったのかもしれない。が、このことは、今は別稿に譲りたい。


ヒロインが「桐壺」

ここで、首巻である「桐壺」巻について考えてみたい。この巻は、必ずしも、最初に制作されたものとは言えないという見方が一般的だが、しかし、巻名としては、語られるべき物語内容を端的に表現していると言うことができるのではないか。

「桐壺」が、内裏後宮内の「淑景舎」の“和名”であることは、当時の彰子中宮付きの女房ならば、誰でもがわかったであろう。すなわち、「桐壺」巻の場合、まず、これから語られる物語の内容が、宮中(後宮)を舞台とするものであることが“予告的”に語られていると言うことができるのである。

宮中の「後宮」を直接の舞台とする物語は、当時としては、珍しかったのではないだろうか。たとえば、『源氏物語』「絵合」巻で紹介される『正三位』という物語は、いわゆる“散佚物語”ではあるが、当該の記事から推測するに、主人公と目されるヒロイン「兵衛の大君」が、ついに“后の位”としては最高位と言っていい「正三位」にまで昇り詰めるという“サクセスストーリー”を語る内容であったと思われる。

「后の位」とは、当時の貴族社会の女性たちの究極の“夢”であったから、「内裏」(後宮)を舞台とする物語は、実に魅力的な題材であったに違いない。そして、それは、何よりも、彰子後宮に集う女房たちにとって、きわめて身近な世界のことであったのであり、彼女たちは、「桐壺」という“巻名”に大いに心をときめかせたものと思われる。


「桐壺」巻-「後宮」が舞台

さらに言えば、「後宮」の事情に詳しい彼女たちであったから、その中の勘の鋭い女房は、「桐壺」という巻名から、この物語世界の“輪郭”らしきものが、おぼろげながらもわかったのではないか。

というのも、後宮内の「桐壺」は、天皇の住居である「清涼殿」から最も遠い北東の隅に位置する建物であって、巻名がその「桐壺」であるということは、そこに住むヒロインの社会的地位をも表しているからだ。

あまりにも有名な桐壺巻頭の一文を掲げてみよう。

いづれの御時にか、女御、更衣あまたさぶらひたまひけるなかに、いとやむごとなき際にはあらぬが、すぐれて時めきたまふありけり。
(いつごろの天皇の御代のことであったか、女御や更衣が多数お仕えなさっていたなかで、それほどの御身分ではないお方が、誰よりもご寵愛をうけておられるということがあった。)

「いとやむごとなき際にはあらぬ」ヒロインが、後宮内の「桐壺」に住む「更衣」ということになり、この「更衣」が「すぐれて時めきたまふ」というのであるから、まさに“サクセスストーリー”と言うことができた。くだんの『正三位』の物語世界に准えるならば、この「更衣」は、やがて、幾多の苦しみを味わいながらも、ついには、「正三位」という「后の位」にまで昇り詰めてゆくのではないか、そういう“夢と希望”を与えるような巻名が、この「桐壺」だったのでないかと思われる。

しかし、その予想は、物語を読み進めてゆくうちに、大きく裏切られてゆくことになる。それは、この物語が、当時の物語の常識を大きく覆す、まったく新しい物語世界の創造物であったからに他ならない。




一覧へ