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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-源氏物語講話-

第13回
大い君の死について(二)


「橋姫」巻と『伊勢物語』「初段」

「宇治十帖」冒頭、「橋姫」という巻名について、その由来を「橋姫」巻中(詠歌、もしくは事柄)に求めることは一般的な考察のように思われる。このことは、この巻に限らず、けっして間違いとは言えないのだが、しかし、『源氏物語』の巻名の由来は、あくまでも、まずは、その言葉そのものに求めるのが正しいプロセスではなかろうか。

というのは、当該の巻が誕生した時(それが作者のもとを離れて読者が最初に手にする時)、彼らが最初に目にする(つまりは読む)のは、まさにその「巻名」と言っていいからである。問題は、その時に提示されたその「巻名」から、読者はどのようなことを読み取るのか、ということではないかと思われる。

「橋姫」の場合、既述したように、まず当該の読者(その「初めての」という意味では中宮彰子と側近の女房たちである)は、『古今和歌集』の「題知らず、詠み人知らず」歌を想起したに違いない。

さむしろに 衣かたしき こよひもや 我を待つらむ 宇治の橋姫

(粗末な敷物に、独りだけの衣を敷いて、今宵も私の訪れを待っている ことであろうか、宇治の地に住むあの人は)

―『古今和歌集』「巻14」「恋4」「題知らず、詠み人知らず」―

この歌は、「題知らず、詠み人知らず」であることもあって、きわめて想像の世界をかき立ててくれるであろう。別の言い方をすれば、きわめて「物語的」なのである。ヒロインが「宇治の橋姫」と比喩されていることは言うまでもないが、この具体的な恋の内容は鮮やかに見て取れるのではないか。

まず、「宇治の橋姫」と詠われるヒロインは、当たり前のことだが、「宇治」に住んでいる。平安時代初期、「宇治」の地に住む娘が属する階層というものを考えるならば、それは、一般の民か、あるいは、没落した零落の貴族階層としか考えられないであろう。なぜ宇治に住むのか詳細はわからないが、少なくとも、平安京初期、平城京から王城が遷都するにあたっては、その遷都した新都に移ることができないない貴族階層がいたことは事実であった。そうした階層の姫君のうち、「旧都(ふる里)」となった「奈良」にスポットライトを当てたのが『伊勢物語』「初段」ではあったが、しかし、『古今和歌集』「巻14」「恋4」の「題知らず、詠み人知らず」歌の「宇治の姫君」は、はたしてそういう没落の階層の姫君であったのかどうかはわからない。わからないからこそ、その歌から、物語的イメージはゆたかに飛翔するのである。

『源氏物語』「橋姫」巻は、その巻名ゆえに、読者に「我を待つらむ」「宇治」の姫君の物語を予告したのであった。しかし、周知のとおり、その冒頭の展開は、「八の宮」の没落話であったことはすでに述べた。そして、それが「光源氏物語」と明暗表裏を為す「物語」としての対照世界であることもすでに述べた。これはいかんともし難い人の世の悲しみであったろう。こういった悲しみを「もののあはれ」と言うならば、まさに、これ以上の「もののあはれ」というものが我々の人の世にあろうか。 しかし、この物語の作者は、あくまでも、当時の貴族社会に花開いた物語文化圏の頂点に位置する物語作家であったと言わなければならない。この人の世の「もののあはれ」としての宿命の中に、みごとな恋物語を造型したのであった。それが「総角」巻で透きとおるような結晶としての帰結を迎えた「大い君物語」であったと言える。

この「大い君物語」の端緒は、言うまでもなく、「橋姫」巻の薫の「垣間見」から始まった。薫が垣間見た対象は八の宮の姫君たち(大い君と中の君)であったのだが、それは、予期せぬ美しい姉妹との突然の出逢いであったと言わなければならない。そして、この出逢いのかたちこそ『伊勢物語』「初段」に想を借りたものであることは、すでに諸注釈が指摘するとおりである。

また、これもあらためて言うまでもないことだが、『伊勢物語』「初段」に想を借りた物語としては、すでに「若紫」巻がそうであった。『伊勢物語』「初段」のヒロインが「女はらから」であるのに対して、「若紫」巻の場合、そのヒロインは「紫の上」が単独で登場することになるが、しかし、垣間見した直後に、なかば強引にヒロインに求婚するというかたちは共通なのである(光源氏の場合は、一端宿坊に帰った後に出直してはいるが同じことである)。

物語の舞台が、『伊勢物語』「初段」は「奈良」であり、さらに「若紫」「橋姫」でも、それぞれ、「北山」「宇治」と都から外れた空間に設定したのも、零落した境遇のヒロインというイメージに合致させたのである。

このように、都の貴公子と零落した境遇のヒロインという組み合わせは、それだけで恋物語の一典型ではあったが、『源氏物語』の場合、そこにヒロインの具体的な肉付けとも言うべき人物造型がなされたのであった。いや、それは、ヒロインの人物造型に留まることではなく、彼女が生きる現実の世界の造型と言っていいかもしれない。その世界こそが、没落皇族の八の宮の「家」の零落なのであった。

この稿続く

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