河地修ホームページ Kawaji Osamu
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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-伊勢物語論のための草稿的ノート-

第9回
『伊勢物語』の成立を考える(四)
『古今集』以後『後撰集』以前―

『伊勢物語』の成立が『古今集』以降であることは、動かない。このことは25段との関係からだけではなく、他の『伊勢物語』所載の「古今集和歌」との比較からも導かれることである。かつて石田穣二博士は、「第2段物語本文」と「古今集当該業平歌詞書」との比較考証で、この作業を実行され、「2段」の物語本 文が、当該の『古今集』「業平歌」の詞書、もしくはそれに忠実に反映されていると思われる原資料に、物語的潤色を施した結果できあがったもの、という結論を導かれた。この論証は、現在でも十分に説得力を持つ。(「伊勢物語の初段と二段」『源氏物語攷その他』(笠間書院)所収)。

私もまた、かつて、『伊勢物語』の「4段」「5段」「9段」他の物語本文と当該の『古今集』業平歌の詞書とを精緻に比較考証した結果、同様の結論を導くことになったのだが、このことはまず動かない(『伊勢物語論集-成立論・作品論―』(竹林舎)所収の諸論考)。そして、『古今集』の場合、さらにその資料となった「業平歌」の存在も想定しなければならないが、『古今集』は、ほぼ原資料に対しては、その骨格は忠実に守られて収録されているものと思われる。むろん、「勅撰集」としての基本的な体裁(形式)は存在したものと思われるが、収載されている和歌の詞書の大小様々なあり方からしても、原資料はほぼ忠実にそ の詞書に反映されていると考えるべきである。つまり、『古今集』の詞書は、そのままその原資料のかたちを反映していると言うことができるのであって、とすれば、あるいは『伊勢物語』は、『古今集』からではなくて、『古今集』の原資料の方から直接収録して、その物語化を図った可能性がなくはないのである。その可能性は十分に考えられるにしても、しかし、私は、『伊勢物語』は勅撰の『古今集』に基づいて制作された物語と考えるべきであると思う。このことは、内 部の詳細な検討に入る今後の本稿において実証されることになるので、今は措く。

もう一度成立の問題に戻りたい。『伊勢物語』の成立が『古今集』成立後のことであることはすでに述べた。問題は、それでは、その下限については、どの頃を想定すべきであるかということであるが、すでに詳細に検討したように、『源氏物語』「絵合」巻において、この物語は「古い」という評価が与えられているということを忘れてはならないのだ。何度も指摘したように、『源氏物語』「絵合」巻の時制とは、明確に天徳4(960)年のことであるから、当然のことであるが、それは、天徳4(960)年の時点から見て「伊勢物語が古い」ということでなければならない。『後撰集』の成立が天暦5(951)年のことであるから、紫式部の歴史認識に基づくならば、その成立は、『後撰集』の成立よりもかなり前という印象になるのはもはや必然なのである。その成立の時点は、『古今 集』以後のこととしても、それは『古今集』成立の時点に、かなり近いと言っていいだろう。

そういう意味では、かつて池田亀鑑博士が、この物語の成立の時点について、明確に、『古今集』以後『後撰集』以前、と示された考え方(『伊勢物語に就きての研究』)―こうした考え方は、いわゆる「成長論」が提示されるまではごく常識的な考え方だった―について、我々は、もう一度真剣に検討しなければならない時期を迎えている。

2010.6.7 河地修

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