河地修ホームページ Kawaji Osamu
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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-伊勢物語論のための草稿的ノート-

第51回
うたびとたちの日常―男と女の贈答歌(3)~(大和にある女)

 

「都(平安京)」に住む男性主人公と「やまとにある女」との婚姻をどう考えるべきか。この当時、都の貴族が、婿として大和の地の女に通うことは、現実的には難しいのではないかと思われる。そもそも、平安京の時代になって、いまだに奈良(平城故京)に住んでいる女は、その父が都の朝廷で「宮仕へ」をしていない貴族ということになろう。つまりは「京官」ではないのである。

平安京時代、大和国で官職に就く人物とは、地方官としか考えられないので、女の父親は、大和国庁の卑官だったのかもわからない。男は、なんらかの理由があって奈良に行ったときに、その地の女と逢ったのであろう。そして、婚姻関係を結んだものと思われる。そういったケースは、そうそうあることではないだろうが、実は「大和にある女」の登場は、この20段が最初ではない。

この物語における最初の登場は「初段」であった。初段の物語設定は、歳若く元服をした都の貴公子が「奈良の京、春日の里」に鷹狩りに行き、そこで「垣間見」をした「女はらから」に求婚したというもので、主人公の颯爽とした貴公子(いろごのみ)ぶりが強調された物語であった。

初段において、主人公の男は「奈良の京、春日の里に知るよしして」「狩」(鷹狩である)に出かけ、そこに住む「女はらから」を「垣間見」したのであった。「知る」とは、その土地を領有するとうことであって、原則的に土地の私有が認められない律令の時代にあって、この男の属する家は特別待遇が許された家であったと見るほかはない。また、「鷹狩」とは、本来天皇家に伝えられる特別な遊戯であって、それを「初冠」の年若い元服の貴公子が実行するというのであるから、あるいは、この貴公子は天皇家に属する貴公子というイメージが強かった。

20段の男性主人公と初段の貴公子とが同一人物であるとは、むろん一概には言えないが、同一人物ではないともまた言うことはできないのである。

しかし、ここでは、初段の男と20段の男とが同一人物であるかどうかを検討することに意を用いているのではない。初段においては、登場する貴公子が「奈良の京春日の里」に土地を領有し、そしてそこに棲む「女はらから」に求婚したということが物語の構図であり、20段では、登場する男が「宮仕へする人」であり、その男が「大和にある女」と婚姻関係を結んでいるという構図が確認できるということが肝要なのである。男が「都」の貴公子であり、女が「大和」の女であるという点において、この2章段は物語内部に相通ずるものを共有すると言っていい。

一方(初段)は、「ふるさとにいとはしたなくて」と評価されるヒロインであり、他方(20段)は、男への返歌にふさわしい設定を自ら作り挙げることができる歌の実力者である。両者ともに、そのヒロインとしての評価は高い。

都以外の土地を「田舎(ゐなか)」と呼び蔑んだ時代に、都外の「大和」に住むヒロインへの評価が高いのは、やはり、その土地が「故京」、すなわち、王朝貴族たちの本貫としての故郷であったからにほかならないのではないか。そして、その土地に住み続ける、あるいは住み続けなければならない者たちこそ、新京への遷都の動きに乗り遅れた、いわゆる没落貴族たちであったと言わねばならないだろう。

この物語に底流する、一種みごとな「うた人たち」たちが、当時の貴族社会における弱小貴族、もしくは没落貴族であったということを、ここでは認識しておきたい。

 

2017.8.31 河地修

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