河地修ホームページ Kawaji Osamu
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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-伊勢物語論のための草稿的ノート-

第53回
うたびとたちの日常―男と女の「おのが世々」(21段)(二)

 

「同居する夫婦」、あるいは「婿取り婚」のこと

21段に登場する男女両主人公は、夫婦と言っていいだろう。そして、その夫婦としてのあり方は、「いとかしこく思ひかはして、異心なかりけり」とあるように、深く愛し合っていた夫婦であることがわかる。そういう夫婦なのに、妻が「世の中を憂しと思ひて、出でていなむと思ひて、かかる歌をなむ詠みて、ものに書き付け」て、家を出て行ったというのであった。

深く愛し合っている夫婦が、しかし、何か些細なことがきっかけとなって、その仲が崩れていくということはよくあることで、当の夫婦以外には、その事の真相はよくわからないものである。そういう意味で、妻が書き残した歌に「世のありさまを人は知らねば」と詠われているのは、まさに夫婦関係の微妙な機微を表出したものとして面白い。

そして、何よりも、こういうケースにおける夫の狼狽ぶりが、「けしう、心おくべきこともおぼえぬを、何によりてかかからむと、いといたう泣きて、いづ方に求め行かむと門に出でて、と見、かう見、見けれど」と、実にリアルに表現されていることが注目される。この物語の中でも、主人公の心情に忠実に即し、その行動が事細かに描かれているくだりであって秀逸と言っていい。

この前半の物語部分について、契沖『勢語憶断』を始めとする諸注は、『源氏物語』「帚木」巻「雨夜の品定め」での左の馬の頭の回想談が想起されるとしている。それは、妻が、夫のちょっとした浮気か何かで家を出て出家し、尼になったが、その軽率な行為を後悔するというような話であった。

しかし、この21段の場合は、妻の書き残した歌「出でていなば心軽しと言ひやせむ世のありさまを人は知らねば」にあるように、夫婦の日常に潜むあり方のふとしたことから、時にそれが危機に通じる場合があるという話であって、馬の頭の話に登場する妻の軽率さとは次元が異なるように思われる。それは、いつどのような夫婦の間においても、こういったことは起こり得ることを表出しているのであって、そういう意味では、夫婦という人間関係の普遍的なあり方を端的に示すものではあろう。

 

ところで、この21段の場合、あらためて注目しなければならないことがある。それは、『源氏物語』「帚木」巻「雨夜の品定め」の女と同様に、女が家を出て行く話であるということである。このことは、当然のこととして、これらの夫婦が、「同居する夫婦」であることを物語っている。

平安朝の貴族の場合、夫婦の婚姻関係については、よく「通い婚」ということが言われる。「通い婚」とは、「婿取り婚」と同義であって、文字通り、「婿」が「妻」の家に通うという婚姻形態のことである。これは、まず、婿である男性が、まだ若く卑官であることに伴って生活力が弱いということ、そして、妻となる女性が家の後継者(相続者)であって、「家」に取り込む形で「婿を迎える」ことを必要とする時に成立するのである。

たとえば、光源氏と葵上との婚姻である。葵上の父親は藤原氏の左大臣である。光源氏は、けっして賤官ではないが、左大臣邸の葵上のもとに通うかたちでの婚姻形態を取っている。この時の左大臣には、左大臣家の男子の後継たる頭の中将がいるが、しかし、同時に、女子である葵上も左大臣邸にいることになる。これは、頭の中将に子供が誕生しても、原則としてその子は、妻である母親の家で誕生、養育されるのであるから、頭の中将の子供がそのまま左大臣邸を相続することは、単純なことではないだろう。つまり、母系制の慣習が強く残っている場合、その家の女子が結婚する場合には、「婿取り婚」の形態を取ることで、その家に女子を誕生させ、「婿」を迎えて「家」の存続を確実にする必要があったのである。

ところが、21段のように「同居する夫婦」の場合は、どのように考えるべきであろうか。そして、この夫婦の場合には、些細なことにつけて、妻が家を出て行ったということであるから、その家は、おそらく夫の所有物であったと推定することが自然であろう。つまり、妻は、男との婚姻にあたり、男の家に引き取られたて考えることができるのである。

このように、女が男の家に引き取られる形で婚姻関係を持つのは、その女が、母系制における「家」の相続者ではないことを示している。女の家が権門勢家、あるいは経済力のある場合はともかくとして、女が男の家に引き取られる形で婚姻関係を結ぶ場合、おそらく、女の家は、弱小貴族か没落貴族と見ていいのである(『源氏物語』「若菜」における女三の宮の降嫁は特殊な事情が介在している)。そういう家に生まれた女が生きていく場合、多くは「女房」として出仕するか、あるいは、夫に引き取られる形での婚姻関係を結ぶしか方途はなかったように思われる。

21段の物語世界を読み解く場合、我々は、その前提として、当時のこのような社会のあり方について知っておかねばならない。

 

2017.9.15 河地修

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