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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-源氏物語講話-

第19回
大い君の死について(八)


没落の「八の宮」とその姫君たち―「招婿婚」は可能か

宇治の八の宮邸を訪れた薫が姫君たちを垣間見する場面は、明らかに、『伊勢物語』「初段」の再引用であった。再引用とは、「若紫」巻で光源氏が紫の上を垣間見する場面に引き続いて、という意味の謂いである。当然のことながら、ここでは、紫の上と宇治の姫君とのヒロイン像についての対照が求められていると言わねばならない。

両者は、「宮」の姫君であるということにおいて、そして、母親がすでに亡くなっていて、後見がきわめて不安定であるということにおいて、共通している。その上で、両者を鍾愛する人物が、一方は祖母の「尼君」であること、他方は出家を渇望する「八の宮」であるということも、対照をなすことではあろう。ヒロインを後見する存在が祖母と父親であるということは、すでに、両者ともに、母系制を根幹に置く招婿婚がきわめて困難であることを物語るものである。

そのような状況下において、紫の上は、現実的には「召人(めしうど)」のようなかたちで、光源氏の二条院に迎え入れられたのであるが、しかし、そこから、この物語の最高のヒロインとして、サクセスストーリーの主役の途を堂々と歩んだのは周知のとおりである。

正編での紫の上の相手役が「光源氏」であったように、続篇「宇治十帖」での宇治の姫君の相手役は、「薫」がその役割を果たすことになった。物語の常道として、ヒロインを救うサクセスストーリーの担い手は、薫でなければならなかったのである。過酷な境遇に陥る寸前の紫の上を源氏が颯爽と救い出すように、宇治の地で父八の宮が亡くなった後の姫君たちを救うことこそが、薫に与えられた役割と言ってよかった。むろん、薫が姫君たちを救う具体的方策とは、姫君たちの「後見」ということであり、わかりやすく言えば、それは「婚姻」に他ならないであろう。

このあたりの事情について、八の宮と薫とは、すでに微妙な機微のやり取りの中で意思の疎通を図っていた。八の宮が、薫に、初めて自身の死後のことを依頼したのは、薫が八の宮のもとに通い始めて三年目の初冬のことである。この直前の晩秋、薫は偶然にも宇治の姫君たち(大い君・中の君)を垣間見ており、すでに、将来「夫」としての後見を意識しないわけでもなかった。少し長いが、二人のやり取りのくだりを次に示そう。

(八の宮)「人にだにいかで知らせじと、はぐくみ過ぐせど、今日明日とも知らぬ身の残り少なさに、さすがに行く末遠き人は、落ちあふれてさすらへむこと、これのみこそ、げに世を離れむ際(きは)のほだしなりけれ。」

(「娘がいることなど人に対してさえも何とか知らせまいとして、これまで隠して育てて来たのであるが、今日明日とも知れない自分の命の残りの少なさを思えば、そうは言っても、生い先の長い二人の娘は、自分の死後落ちぶれて世を流浪するのであろうかと思うと、こればかりが、ほんとうにこの世を離れる時の執着であることよ」)

と、うちかたらひたまへば、心苦しう見たてまつりたまふ。

(と、八の宮は思わず胸の内をお明かしなさるので、薫は、お気の毒なことと見申し上げる)


(薫)「わざとの後見だち、はかばかしき筋にははべらずとも、うとうとしからずおぼしめされむとなむ思うたまふる。しばしもながらへはべらむ命のほどは、一言も、かくうち出で聞こえさせてむさまを、違へはべるまじくなむ」

(「特別のお世話役という、はっきりしたかたちではございませんでも、他人行儀にお心を置かれることなくお考えいただきたいと存じます。たとえしばらくでも生き永らえて命があります間は、一言でも、このようにお約束申し上げましたことを、けっして違えぬ所存でございます」)

など、申したまへば、いとうれしきことと、思しのたまふ。

(などと、薫が申し上げると、八の宮は、ほんとうにうれしいことと、お思いになられそのお気持ちをおっしゃる)

ここで、交わされる八の宮と薫との会話をどう理解すべきか。八の宮は、自身の死後、二人の姫君が「落ちあふれてさすらへむ」(落ちぶれて世を流浪するのであろう)と愁嘆するのだが、むろん、それは、薫の人間性を理解し抜いたうえでの哀願に他ならいないであろう。没落の宮家において、それでもぎりぎりのところにおいて、その誇りを失うことなく生活ができたのは、何と言っても、過去立太子の可能性も浮上した「親王」八の宮の存在があったからである。その存在が失われでもすれば、八の宮邸は経済的にも行き詰まり、この年、24歳と22歳の二人の姫君の運命は尽きるしかあるまい。

その八の宮に対する薫の言葉は、当時の貴族社会の冷酷な現実を理解したうえのものであって、「わざとの後見だち、はかばかしき筋にははべらずとも」(特別のお世話役という、はっきりしたかたちではございませんでも)と言うのは、夫婦のかたちに至らずとも、という含意であって、逆に、姫君との結婚を意識してのものであることは言うまでもない。そういう含みも持たせて、薫は、姫君たちの後見を確約するのであった。その薫の言葉に対して、「いとうれしきこと」と、八の宮は素直に謝意を表したのである。

この場合、八の宮にとっては、すでに姫君二人のこれからの生活のことしか頭にはないのではないか。路頭に迷うとは、別の言い方をすれば、食べられないということであって、どうすれば親王の姫君として平穏な暮らしが続けられるのか、というあまりにも現実的な問題であった。言うまでもないことだが、この姫君たちからは、厳密な意味での母系制を根幹に置く招婿婚などというものは、とっくにその条件となるかたちは失われていたのであり、薫との結婚と言う場合は、薫が宇治の姫君のもとに通う、そしてその暮らし向きのことを保証する、ということであった。「まめ人」の薫でなければ、その責任はとうてい果たすことはできないだろう。

この稿続く

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