河地修ホームページ Kawaji Osamu
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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-伊勢物語論のための草稿的ノート-

第35回
「みちのく」の「いろごのみ」―姉歯の松の女(一)

 

「「第十三段」の「武蔵なる男」は、都を離れた後、ついに武蔵国にて婚姻関係を結ぶことができた。そのことは、喫緊の課題とも言えた生活の根拠を確立することでもあったから、男にとっては、まずは喜ばしいことではあったろう。しかし、この男には、すでに契りを結んだ「京なる女」がいたのである。その女に対して、男は武蔵での婚姻を報告したのであったが、そこに生じる心理が「恥づかし」という優劣の差異における心の負荷であった。すなわち、「都鄙意識」である。

「この「都鄙意識」は、むろん、都から遠ざかれば遠ざかるほど激しくなってゆく。十三段に続く第十四段は、ついに、都人が陸奥(みちのく)まで流離する話であって、そこでの「鄙」に対する差別意識は、峻烈なものがある。まず全文を引用してみよう。

 昔、男、みちのくににすずろに行きいたりにけり。そこなる女、京の人はめづらかにやおぼえけむ、せちに思へる心なむありける。
 さて、かの女、
  なかなかに恋に死なずは桑子にぞなるべかりける玉の緒ばかり
歌さへぞひなびたりける。さすがにあはれとや思ひけむ、行きて寝にけり。夜深くいでにければ、女、
  夜も明けばきつにはめなでくたかけのまだきに鳴きてせなをやりつる
と言へるに、男、「京へなむまかる」とて、
  栗原の姉歯の松の人ならば都のつとにいざと言はましを
と言へりければ、よろこぼひて、「思ひけらし」とぞ言ひをりける。
(昔、男が陸奥の国まで何の当てもなく辿りついたのだった。そこに暮らしている女には、都の人はすばらしいと思われたのだろうか、ひたすら思いを寄せる心があったのだった。そこで、女は、歌を贈ったのだった。
  なまじ恋に苦しんで死なずに、いっそのこと蚕になればよかった、短い命であったとしても
歌までもが田舎臭かったのだった。男は、そうは言っても愛しく思ったのだろうか、訪ねて共寝をしたのだった。男は、夜が明けるまでにまだ十分時間があるうちに出て行ったので、女は、
  夜が明けたら水槽にぶち込んで殺さずにおくものか、雄鶏めが、あんなに早い時間に鳴いて、大事なあの人を帰らせてしまったよ
と詠ったのだが、男は、「都に帰らせていただくことになりました」と言って、
  美しい栗原の姉歯の松が人のように移動可能であるなら、都への土産として、さあ一緒に行きましょうと言ったでしょう。あなたはその松と同じこと、この土地を離れることができないのですから、それも叶いません、とても残念なことです
と詠み送ったたところ、女は喜ぶこと喜ぶこと、「あの人は私のことを愛していたようだわ」と、その先ずっと話していたということだ。)

この十四段の話の舞台は、現在の宮城県栗原市金成町姉歯周辺ということになる。当時としては、むろん「みちのく」(道の奥)と呼ばれた地域であった。冒頭、男は、その「みちのく」に「すずろに行きいたりにけり」とある。「すずろ」とは、本来そのような状態になるはずのない状態、ということで、地方官でもない限り、都人が「みちのく」あたりに来るはずがないという認識を示している。この章段の男は、ついに「東山道」の奥、「道の奥」=「みちのく」に、流離の末辿り着いたのであった。

都人からすれば、「みちのく」がほとんど未知の国であったのは当たり前のことだが、「みちのく」の女からしても、都人は未知の存在であり珍しかった。中古語の「めづらし」は、本来は「愛づらし」であり、称賛したい気持ちを表す。その心情を、「めづらかにやおぼえけむ」と、物語は言ったのである。

これは当然のことであろう、女は都人に激しい恋情を抱くに至る。そして、いつの時代でも同じことだが、恋の告白は、普通、男性から女性へと働きかけるものである。つまり、女から男への求愛のかたちは、ほとんど珍しいものなのであるが、その珍しい事例がこの章段では確認できるのである。求愛の歌が、女から男へと送られたのであった。しかも、その歌意はずいぶんと激しいもので、男への報われぬ恋に苦しんで死ぬくらいなら、いっそ蚕になって死んだほうがましだ、というのである。

古代から養蚕は東国を中心に展開していたが、蚕の習性としては、雌雄は同じ繭に籠りたがる。そうしてできた繭玉はやがて真綿に用いられたりしたが、この土地の女は、男と一緒になれない自分を、短い時間でも一緒の繭に籠る蚕に比較して、いっそのこと蚕になればよかった、と詠ったのである。

この歌は、『萬葉集』にも類歌があるように直情的である点や、「桑子」(蚕)の習性をテーマとして詠いあげた点等、確かに、「ひなび」と言うことができるだろう。物語は、そのことを「歌さへぞひなびたりける」と言う。さらに、この表現で注目されるのは、「さへ」という副助詞が添えられていることである。「さへ」は、いわゆる「添加」を表す副助詞であり、「~までも」という気持を表している。つまり、この女が「ひなび」ているのは当然のこととして、その上、その歌までもが「ひなび」ている、ということなのである。

このように、「みちのくの女」と都からやって来た「京の人」とは、まさに「みちのく」と「都」との間に生じる絶対的都鄙意識によって最初から引き裂かれていると言うことができるのであった。

しかし、物語は、その直後、この男が、女のことを「さすがにあはれとや思ひけむ、行て寝にけむ」と続けた。都鄙意識の険しい境界を超えて、男の心に「あはれ」という感情が生じたことを言うのである。

―この稿続く―

 

2017.4.4 河地修

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