河地修ホームページ Kawaji Osamu
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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-伊勢物語論のための草稿的ノート-

第65回
業平と小町(25段)(三)

 

「色好み」ということ

『古今集』「恋三」冒頭付近は、もともと「逢はぬ恋」の和歌が収められ、さらに、その隣接する配列には、前後の歌に連鎖の原理とでも言うべきものが見られるのである。そういう意味では、この業平と小町の和歌は、『古今集』の配列の次元において、すでに物語性を有していると言ってもいい。ということは、『古今集』の配列原理と『伊勢物語』の制作原理とには、ある意味で共通するものがあるのであって、そのような観点から、あらためて『伊勢物語』作者論が検討されてもいいだろう。しかし、この問題は、今は措こう。問題は、『伊勢物語』25段において、「小野小町」を「色好みなる女」としたことの意味なのである。まず、「いろごのみ」という言葉の語義の問題がある。

「色好み」という言葉について、石田穣二博士は、次のような解説をされた。

最も古くは、どんな女性でも選びうる、またそうするほど家、国が栄える、男性の理想像を意味したが、平安時代、一般には単に粋人とか、多情な人とかの意味に用いられた。多情なけしからぬ女、の意。

『新版伊勢物語』(角川文庫)脚注

ここで石田博士が言われる「最も古く」とされている「色好み」に関する考察は、折口信夫博士の定義に拠るものであることは明白である。折口博士の「色好み論」について、以下摘記してみよう。

高い位置にをる男性は、色好みの徳を備へてをらねばならぬ。その色好みの条件として、変わつたものがある。それは、醜き女、年老いたる女にも逢つてやる、といつた事を誇りとも、又色好みの完成とも考へて居つた様である。

どう言ふ女性とも好き嫌ひなく逢ふ事が、色好みの道徳だと考へられた。

我々の國には、色好みの神があり、色好みの帝があり、そしてそれが皆人間の手本とも言ふべき生活をしてゐるものと認められていた。大國主もさうであり、人間世界では、高津の天皇が、最もその規範でゐられる。これを日本人は攻撃する理由がない。日本人はその生活を総べて認容しなければならないと言ふ理會のもとに、幾代を経て来てゐる。

それにしても、近代になると、それ程の人間でもない者が、多くの妻妾をたくはへて、家の栄へを喜んでゐる。こんなのまで、色好みの一つとして、謳歌しなければならないか。そんな譯はない。そこに、源氏などに出てくる色好みと近代の色好みとの間には、差別がなくてはならない。

何よりも第一に、源氏は、あれだけの女性を對象とする生活をして行きながら、殆ど誰をも不幸にしなかった。あいにく不幸に沈めた女の人の為に、源氏は深いつぐなひをしてゐる。

多くの女性に逢ひ、多くの女性の愛を抱擁し、多くの女性を幸福にし、廣い家庭を構へ、多くの子孫を持つと言ふ事が、古代の人としては、何の欠陥もない筈であった。

そればかりではない。古代には古代としての、國々の生活力の問題があつた。自分の國を栄えしめる為には、他国の神を併せ持たねばならなかつた。神は、その國々の力であり、神を失つた國は亡びる。だから國を併せる事は、國々の神を、自分の宮廷に集める事であつた。その為の誤りない方法は、國々の神に仕へてゐる最高の巫女を妻とすることであつた。

-『折口信夫全集 第14巻』(中央公論社)-

『源氏物語』や『伊勢物語』の主人公像を考えるうえで、この「色好み論」はきわめて重要なものであることは言うまでもない。要は、古代の英雄が持つ「王権」とでも言うべきものなのである。このことを折口博士は「色好み」と定義づけられたのであるが、それと中古語として当時一般に使用されていた「いろごのみ」とは区別して考える必要がある。

今いったん、中古語としての「いろごのみ」について解析してみよう。

 

 

2017.12.20 河地修

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