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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



『古今和歌集』を考える

『古今和歌集』のメッセージ(十一)

 

「四季」の安定した「移ろい」は、民の暮らしの安寧への祈り

人の世の暮らしは、むろん、そこに劇的な変化も発生するが、しかし、基本的には日常が継続的に維持されてこそ幸福な暮らしというものを実感することができるのではあるまいか。日常とは、一日という独立する時間が繰り返されることによって獲得されるものでもあろう。

『古今和歌集』「四季」では、一首ごとの和歌が、あたかもその一日を象徴するかのように存在し、積み重ねられ、連続した結果が「四季の移ろい」なのであって、「巻一」から「巻六」までの和歌の流れは、あくまでも静かに、そして淡々と、その移ろいを示していると言えるのである。

むろん、現実の四季の流れにおいては、それが自然である以上、時に人々の暮らしを破壊するような猛威が発生することは言うまでもない。京都盆地に限ったことではないが、我々を取り巻く自然には、常に、荒々しさとやさしさとが共存している。

古来、日本人は、自然を「神」として畏怖し、またその恵みに報謝の念を抱いてきた。たとえば、「和御魂(にぎみたま)」と「荒御魂(あらみたま)」という対立する概念は、自然を「神」として捉えた場合、それが内包する相反的本質に過ぎない。自然は、人々の暮らしを守り、そして、時には破壊もするのである。

これが自然というものの本質である以上、人が自然を対象として和歌を詠む場合には、そういった両面が詠われて然るべきとも考えられるが、しかし、『古今和歌集』の中で、自然を直接対象とする「四季」の詠歌群には、たとえば、台風や豪雨などの荒々しい自然の猛威を取り上げたものは皆無なのである。これは、本来、和歌が「言霊(ことだま)」の表徴として、「幸福」を導くものと信じられていたので、自然についてそれを荒々しい言葉で表現することは、忌避されなければならなかったという事情があったからである。

ともかく、こうして『古今和歌集』の「四季」の部立は、穏やかに繰り返される日常世界が、四季の移ろいのなかで獲得された、と言うことができる。そして、より具体的に言うならば、この正しく推移する四季の移ろいこそが、稲作農耕という古代日本人の経済基盤そのものを支えることに直結したのであった。

これは、『萬葉集』「巻第一」の二番歌で、舒明御製が、民の暮らしの安寧を確信し祈るテーマと何ら異なるものではない。舒明御製の精神は、『古今和歌集』「四季」において大きく開花したことになるが、これは、貫之を中心とする撰者たちの労苦によるところのものが大きい。基本的に四季の移ろいを和歌で繋ぐ編集は、当然のことながら、時間的配列に関して、そこに位置する時々の詠歌の存在がなければならない。しかし、集められた詠歌群に適当なものがない場合には、貫之たちが、その位置にふさわしい和歌を新たに詠まなければならなかったであろう。『古今和歌集』において、貫之を筆頭として撰者たちの和歌が圧倒的に多数を占めるのは、如上の理由による。

しかし、時の推移という配列基準だけでは、四季の部立は成り立たなかった。このことは、たとえば、桜の花を詠ずる和歌は、平安朝に入って数多く生まれたが、その満開の桜を称賛する歌が突出しているのは当然のことであったろう。桜が咲き始めてから散るまでの時の流れを配列するとすれば、むろん盛りを詠む歌が圧倒的に集中しているのであるから、つまり、「四季の移ろい」という基準だけでは、和歌の配列という作業は暗礁に乗り上げるのである。

そこで、編集者たちは、和歌の配列の基準に、大枠として「時の流れ」を据えつつも、前後の和歌の関係性にも着目することとなった。この関係性の中には、広い意味での「ことば遊び」や前後の和歌が有する特殊性などが指摘できるのであるが、これはあらたに精緻な説明が必要となるので、別稿を用意したいと思う。


 

2022.4.27 河地修

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