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王朝文学文化研究会 


文学文化舎



-伊勢物語論のための草稿的ノート-

第102回
長岡故京(58段)(一)

 

長岡故京の「心つきて色好みなる男」

57段までの章段グループと次の58段とは、あきらかに章段配列の原理が異なるようである。58段から始まる章段グループ(58段・59段・60段・61段・62段)は、あえて言うならば、舞台が都以外の地であることで共通している。

この当時「都外」を言う言葉としては、「田舎(ゐなか)」、あるいは「人の国」などがあるが、これらのグループ最初の58段は、具体的には、その舞台を「長岡」とする。「長岡」とは、延暦3(784)年に、平城京から遷都した長岡京で、この時代は、すでに故京であった。以下、本文と現代語訳を掲げる。

昔、心つきて色好みなる男、長岡といふ所に家つくりてをりけり。そこの隣なりける宮ばらに、こともなき女どもの、ゐなかなりければ田刈らむとて、この男のあるを見て、いみじの好き者のしわざや、とて集まりて入り来ければ、この男、逃げて、奥に隠れにければ、女、

荒れにけりあはれいく世の宿なれや住みけむ人のおとづれもせぬ

と言ひて、この宮に集まり来ゐてありければ、この男、

葎生ひて荒れたる宿のうれたきはかりにも鬼のすだくなりけり

とてなむ出だしたりける。この女ども、

「穂ひろはむ」

と言ひければ、

うちわびて落穂ひろふと聞かませばわれも田づらに行かましものを

(昔、分別心があって色好みである男が、長岡という所に家を造って滞在していたのだった。そこの隣にあったいくつかの宮邸に、悪くはない女房たちが仕えており、彼女たちは、都外であったから田の稲を刈ろうとして、この男が支度をしているのを見て、なんとも並外れた風流人がすることよ、と言って、集まって男の家に押し入ってきたところ、男は、逃げて、奥に隠れてしまったので、女が、

荒れてしまったことだ、ああどれほどの時を経た住いなのでしょうか、ここに住んだという人は、もう訪ねても来ないことです

と言って、この宮邸に集まり押し入ってきたので、この男は、

葎が生い茂って荒れてしまった家の情けないことは、ほんの一時であっても、このように鬼が大勢集まって騒ぐことでありますよ

と歌を詠んで差し出したのであった。この女たちは、

「落穂を拾おう」

と言ったところ、男は、

暮らしに困って落穂を拾うと聞いたのであれば、自分もあなた方と一緒に稲田に行きたいものなのですが)

冒頭に示される「心つきて色好みなる男」とは、むろん、この章段の主人公である。この「男」が誰であるかはいったん措くとして、まず、「心つきて色好みなる」という語句の解釈を確定させねばならない。

「色好み」とは、言うまでもなく、好色の謂いであることは動かないから、ここで問題となるのは、「心つきて」ということになろう。「心つく」とは、「心」が「付く」ということで、気苦労する意の「心」が「尽く」ではない。むろん、対象に心が惹かれる意の「心」に「付く」とも考えられないところで、この場合の「心」とは、思慮分別や才覚などと同義の言葉として用いられるものであろう。つまり、この主人公の「人としての評価」に直結する表現であって、そういう主人公が「色好み」だと言うのである。

したがって、「心つきて」の現代語訳として、ここでは今、分別心があって、としたが、『新版伊勢物語』(石田穣二)の現代語訳、趣味人で、という解も、その方向で捉えたものと考えていい。

この「心つきて」と「色好み」とが矛盾する性質ではないかと見る向きもあるが、「色好み」とは、その言葉自体、善悪や肯定否定などの要素はない。つまり、良くも悪くも「好色」ということで、たとえば、天皇、もしくは光源氏などが有するそれは、誰も不幸にしてはならぬという条件が付与された「いろごのみ」なのである。ここでは、「色好み」ではあるが、「心つきて」と評価される人物が主人公なのである。

さて、そういう主人公が「長岡といふ所」に「家を造りて」滞在する、というのである。本章段の物語としての眼目は、どのように理解すべきなのか。本章段には、『伊勢物語』の作品としての性質に直結する要素が多々見られる、と言わねばならない。

 

 

2023.2.5 河地修

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